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篠田節子「インドクリスタル」

 篠田さんのまたまた新境地を開く物語です。雑誌「野生時代」に連載されていたです。この雑誌を少しは手にとって読んでいたのですが、全編を書き直して?単行本にまとめられたものです。篠田さんらしい筋運びの巧みさとスケールの大きさを感じます。
 アジアのどこやらの国の雰囲気や神秘性については、チベットらしい、あるいはネパールらしい背景を生かしての小説もこれまでに何冊かありましたが、今回はインドが舞台です。各章はシンプルに、次のようになっています。
 一章 処女神
 二章 アンダー・ザ・テーブル
 三章 スラム
 四章 光彩
 主人公は藤岡。山峡ドルジェの社長、先代社長の娘婿である。彼は「水晶」を求めてラテンアメリカ各地に行き、質のよい水晶を会社のために見つけてきた経歴をもつ。ドルジェは人工水晶を提供する中堅企業である。さらに高品質の水晶を求めインドへやってくるが、藤岡の部屋にやってきた、一夜の相手をする少女ロサとの出合いが彼を変えてしまうのだ。
 彼女はとてつもない記憶力をもち、ある村で処女神として崇められていた存在だった。さらに「人間爆弾」として、自爆テロに利用もされていた過去を持つ。
 この存在感がある少女と、現地のNPO法人の人々とのやりとり、そして現代のインド社会の貧困と風習も丁寧に描かれている。
 ラストでは、ロサと藤岡のその後が描かれていて、深い印象を残すのだ。
 思うに、このロサという不可思議で卓越した少女を造形したことでこの作品は成功といえるのではないか。後は篠田さんの巧みな?ストーリーテラーの術に翻弄されていく、それこそが篠田作品を読む醍醐味に他ならないのだが。

「特捜部Q 吊された少女」を読み終えて、の巻

 やれやれようやく「吊された少女」読み終えましたw-。
 何かと身辺が慌ただしくて、ぶつ切りに読んでいました。それがようやく結末にたどりついたわけで。
 単純な話に終わらせるのではなくて、二転三転の工夫、謎解きの興味を盛り込んで(ある意味こねくり回して?)最後まで読ませる、でも疲れますねえ。真ん中まで読み終わって、犯人がわかるのはいかがなものか?と感想に書き、ブログ・アップしたのですが、一部を訂正しなければなりません。気が重い、笑い。
 3人の人物が主たる特捜部Qの主人公ですが、それぞれに個性豊かな人物揃いで、それだけでも読んでみる値打ちがあるというものです。チーフのカール、謎めいたアサド、そしてローセと。
 カールの皮肉と独自の人間観察が前編にスパイスとして効いている。そして、アサドの冷静さとミステリアスなところも魅力には違いない。

「戦場カメラマン沢田教一の眼」

 私の好きな沢田さんの写真集だ。深い印象を残した戦場真ただ中の写真集ではなく、静謐な津軽の風景や妻のサタさんとのエピソードも添えられており、微笑ましい人間味のある沢田さんの姿がありのままに描かれている。その意味で、沢田個人の生き様と軌跡がよくわかり、伝記的な要素もあるのである。山川出版社。
 冒頭に沢田さんの機内からの写真(メコン川の風景写真、機材はサタさんのカメラ2台)から始まり、アンコール・ワットの様々な光景、そしてカンボジアの平和な日常生活のショットが心を打つ。それは、沢田教一という戦場で散ったカメラマンの息遣いがファインダー越しで写真として切り取られているからに他ならない。同時代の証言者としての写真の数々が心にしみ入ってくるのだ。
 遺作の写真の巻末に、東奥日報社編集委員の斉藤光政さんの文が添えられてある。それは、沢田教一のピュリツァー賞受賞の朝の様子から始まり、沢田のミニ伝記のようになっている。あからさまな人間像を描いてもいる。それがとてもいい。ちなみにサタさんは、沢田に高揚感は見られなかった、という印象を語っている。そこに沢田の、危険な「戦場」を駆けめぐった悲しみが読み取れるのだ。
 そして、沢田がフリーメーソンの一員であるのを初めて知った。また寺山修司とのエピソードと交わりも書かれている。これも初めて知る事実だ。二人は共に青森高校の出身だ。
 「若じじい」教一(サタの命名、老けた見た目から)とサタの結びつきのエピソードも微笑ましい。

三浦しをん「政と源」

 三浦さんの、泣き笑いの小説だ。マイブログでも三浦さんの本は何冊も紹介してきましたが、これは最新刊です。集英社。
 ストーリー: 題名の二人の人物、つまみ簪の職人堀源二郎は一人暮らしで弟子の徹平とがいる。有田国政は元銀行員、しかし今は妻は娘の家族と同居し、一人暮らしをしている。
 二人の住む下町は、隅田川と荒川にはさまれた運河が張り巡らされている。
 各章は、
一 政と源
二 幼なじみ無線
三 象を見た日
四 花も嵐も
五 平成無責任男
六 Y町の永遠
 である。
特に『第二章 幼なじみ無線』は、政と源の気持が温かく伝わってきて、つくづく巧いなあと思う。泣き笑いの文章だ。ところで、二人のイラストが書かれているが、少しカッコ良すぎないか?などと思ってしまう。文のイメージではもっと平凡で人間臭い二人だと思うのだが、これは無い物ねだりだろうな。
 『三 象を見た日』『四 花も嵐も』『五 平成無責任男』では、「政」と「源」の家族のことが詳しく描写され、しっとりとしたテイストに仕立て上げられている。
 各章が独立した体裁ではなく、こうして小説の構成要素として組み立てられているところに三浦さんの技が冴えている。
 最後はやはりハッピーエンド。ハリウッド映画の終わりみたいだ。

伊坂幸太郎「ガソリン生活」の伊坂ワールドのテイストの巻

 これも伊坂ワールドがあふれた小説ですw-。
 車がある意味主人公。というのも、この車が「僕は・・・」という一人称で語り、望月家の人々-とりわけ良夫(大学生)と(小学生)の兄弟の会話とで進行していく形(車=緑のデミオは聞き役で観察者?観察車か)をとっている。
 軽妙洒脱な?会話により細部が明らかになっていく。主人公の車は、緑色のデミオだし、望月家は父親がすでに亡くなっていて、母親の郁子が家計を支えている。良夫と亨のほかに、まどかという高校生がいて、彼女には江口君というボーイフレンドがいるというわけだ。これが望月家の家族構成だ。
 兄弟二人がドライブ中、突如荒木翠という地元の有名人の女性が乗り込んできて(実は兄弟の会話の中に彼女のうわさ話が語られてあった)、3人のユーモラスな会話が続いていく。たとえば、機動戦士ガンダムとか、ガンダムと戦うジオン軍を率いるザビ家の話とかが話されるといった具合に。
 これは伊坂さんの「陽気なギャング」シリーズの中の会話を思い起こさせる。とりとめも無く話されているようで、ストーリー展開に関係する大切な要素でもあるのだ。
 この後、僕の車から降りた翠がトンネル事故に遭遇し、死亡する。ダイアナの悲惨な事故に似た事故だ。この事件をめぐり、二転三転の結果、ラストへつながっていく。  *実はダイアナの事故へのこだわりがこの後でも詳細に語られる。不思議なことに、それは僕が青のミニ・クーパーから聞き取るという体裁をとっているのが可笑しい。
 僕(緑のデミオ)と会話するのが「ザッパ」(白のカローラGT、小学校の校長の車で、彼はフランク・ザッパの熱烈なファン、口癖が「ザッパを聴くように」で、ナンバーも38=ザッパ)、黒のアテンザなどの車たち。それはそれで独自の世界を構成しておりユーモラスなのだ。
 「我が輩は猫である」ばりのユーモアと、謎解きの興味も盛り込んであるところがたまらない。
 そして、伊坂さんの独自性: 教訓めいた話も挿入されている。
 例えば、
 ・ 翠を追っていた芸能ジャーナリストとの兄弟の車中での会話。それを逐一聴いている僕。小学生の亨の大人びた知恵としたたかさ。
 ・ 「人間も車も、一時の名誉、自己顕示欲のために軽率なことをすると、あとで大いなる負担を強いられることになる」と、ザッパが言っていたような気もする。自慢話は危険を伴う、と」
 「僕たち自家用車は、自分の持ち主に対し、必然的に親近感を覚え、どちらかといえば持ち主の考え方や思想に感化される傾向がある。ようするに、持ち主とは考え方が似るのだ。」・・・・・・こんな教訓めいた感想を車がつぶやくのだ。
 或いは、
 「細身氏が言うには、まずは、『尊敬』だ。子供は、風上に対して、まずは一目置くわけだ。『尊敬』と『信頼』を抱く」・・・・「それ
から、少しずつ変わっていく。順番に言えば、『尊敬』→『反発』→『軽蔑』→『侮り』→『諦め』→『許容』→『同化』となるわけだ」・・・・これがデミオとザッパの会話だ。警句を含んで興味深い。
 ・また、独自の蘊蓄がしばしば出てくる。
 例えば、
 メルセデスは、ダイムラーの代理店を営んでいたイエリネックが、自分の娘メルセデスの名前を付けて、開発したものだ、とか。
プロフィール

サマンサどら猫

Author:サマンサどら猫
 FC2ブログへようこそ!ミステリ大好き人間ですw-。そして、冬以外はアウトドア系(山登り、ハイキング、ウオーキング、サイクリング、釣り)、日帰り温泉、旅行などの趣味を楽しんでいます。茶トラを飼っていて、名前がサマンサです。卓球やバドミントンも好きで、最近は弓道も始めました。

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